原爆を体験された黒田レオンさんのお話会

広島に投下された原爆の炸裂を、爆心地からわずか1800mしか離れていない家で経験し、その日から3日間、帰ってこない親族を探して爆心地をさまよった方の実体験が聞けます。

まさかと思われるでしょうか?


広島への原爆投下から79年が過ぎているのですから、当事者の話を聞けるなんて信じられないという気持ちはよくわかります。

私も友人からこの話を聞いて驚きました。そして、私の家からわずか1時間車で走ればその方にお会いできると知ったので、すぐに連絡をして会う約束をしました。

黒田レオンさんの体験談は、計画している10月11日に開催する黒田さんのお話会で直接聞いていただくのがベストなので、ここでは黒田さんについて書きますね。

黒田レオンさんは現在85歳です。若い頃の20年間をアメリカのシンクタンクに副社長として在籍していました。「レオン」という名前は、そのシンクタンクに入社直後、日本語の名前の発音に苦慮したアメリカ人が、黒田さんの風貌に合わせてつけたニックネームだそうです。

アメリカでの生活を経て故郷の鎌倉に戻られた黒田さんは、シンクタンク時代の経験を活かし、道の駅のプロデュースをして成功したり、30年前にスローライフを求め移住した、現在お住まいの新城市では、当時の作手村をマウンテンバイクの村にして、町がテレビ取材されるまでに変貌させた人物なのです。

昨年、核兵器の非道さを伝える漫画「はだしのゲン」が学校教材から削除された背景には、戦争の記憶を風化させ、再び戦争へと導く武器商人たちとその傀儡共の思惑を感じざるを得ません。

今を生きる私たちには、世界の平和のために、先輩たちの経験を子どもたちに伝える責任があるのではないでしょうか。

黒田さんとの会話で、少し後悔していることがあって、それは、原爆慰霊碑の碑文についての話し合いです。

原爆慰霊碑の碑文に書かれている「過ち」とは私たちのものであるのですが、それは武器商人を含む私たちかどうかです。

私には原爆慰霊碑の碑文に書かれた文言に、到底武器商人が名を連ねているとは考えていなかったので、そのように黒田さんに話したところ、なんと黒田さんと原爆慰霊碑の碑文を書かれた方は、当時黒田さんのご近所に住まわれていた方で、黒田さんはその方が雑賀さんだと教えてくれました。

黒田さんは、武器商人を含めた全人類が過ちを繰り返さないと理解していて、原爆慰霊碑の碑文はおかしいという私を親切に諭してくれ、私は自分の狭量さがちょっと恥ずかしくなりました。

まあ、そのようなことがあり、多くの皆様に黒田さんが経験したことを直に聞いてほしいと強く思うようになったのでした。

黒田さんの体験談を通して、79年前に何があったのか、今の日本は大丈夫なのかを考える機会にしていただければ幸いです。

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